松江水郷祭湖上花火大会
島根県松江市
2005年8月7日
昭和4年(1929年)に、嫁ケ島の竹生島神社の例祭にちなんで開かれた「第1回松江水郷祭と納涼売出し」が水郷祭の始まり。 戦争による中断を経て、昭和62年(1987年)に再び「松江水郷祭」として開かれて以来、今日に至る。 水の都水郷松江ならではの湖上花火大会は、 宍道湖に浮かべた台船から土曜日に3000発、日曜日に6,000発と2日かけて花火が打ち上げられる。 〜goodtimeの追想〜 岡山県内の棚田百選を撮影した後、14時30分に松江に到着。 久々に見る宍道湖、そして一面に広がる青空。 3年前の時とは大違いである。 とりあえず一番のネックである駐車場を探さなければならない。 3年前は市役所の駐車場が臨時駐車場になっていたはずだが、この時間帯に空いている訳も無く、 近くの警備員に止めるところが無いか聞いたところ、ここに止めればいいと案内してくれたのが某遊技場の駐車場だった。 ここなら待ち時間まで店内で過ごせて飲食コーナーまであるので有意義に過ごす事が出来る。 まさに砂漠の中にオアシスを見つけた気分だった。 3年前の経験上、嫁ヶ島前景ポイントの客足は17時以降なのでのんびり場所を探せば良い。 プログラムを貰うために遥か遠い大会本部へ目指す。 日差しはキツイが、湖畔を歩いているととても心地よい暑さでもある。 メイン会場附近はかなり盛り上がっており混雑もしていた。 さすがに湖畔にもビッシリシートが敷かれており、温泉街でもあるので温泉に入った後の花火見物客も大勢いるに違いない。 宍道湖周辺は大きな建物が無く、湖畔沿いに遊歩道や広場があるため、 湖畔にいればどこからでも花火を見ることが出来る。 そのせいか、客足は遅く、場所取りも会場付近を除けば殆ど埋まっておらず、 山陰最大級の花火大会にしてはのんびり出来る花火会場なのである。 17時を廻っていたのでとりあえず三脚を置きに撮影場所へ向かうと、少しずつではあるがシートで埋まってきていた。 嫁ヶ島の後方に台船2台を隠し観客の邪魔にならないように植木と植木の間を確保。 今回は、初の2台同時撮影。 ここの花火大会は、斜め打ちがあるためカメラを縦にしたり横にしたりと大変だが、 2台横と縦にセットしておけば落ち着いて撮影が出来る。 夕方になるとやはり気になるのが宍道湖の夕日。 時期的に夕日が落ちる場所は良く無いが今後のためにと夕日撮影ポイントに向かってみた。 多くのカメラマンが撮影していたが、無駄にフィルムを消費したくないので今回は調査のみ。 こんな時、デジカメが羨ましいとつくづく思わされる。 日が落ちて涼しくなると空いていた遊歩道に多くの人達が行き来するようになってきて、 徐々に空いているスペースがシートで覆われていった。 プログラムによると、今年は松江市合併記念で「郷づくり神話」をテーマに2夜にかけて打ち上がる。 (初日は3000発、二日目は6000発) そして、20時00分、3年ぶりの宍道湖の戦いは始まった。 相変わらず斜めに打ち上がる花火。 しかし、今回は慌てず冷静にシャッターを切る。 途中、凄まじい低空開花?と思ったが、冷静に考えると台船が嫁ヶ島に向かって斜め打ちスターマインをしているからそう見えただけで、 実際にどんな花火が展開しているかは美術館附近からでないとわからない。 風が無かったのか綺麗に湖面に色とりどりに浮かび上がるが距離的に少し遠く、おまけに嫁ヶ島より少し右側に斜め打ちをしていたので、 少し狙っていた構図と違ってしまったのは誤算だった。 しかし、ラストの冠菊、銀冠菊の大空中ナイアガラは見事に嫁ヶ島が浮かび上がりまずまずの撮影が出来たのではないかと思う。 花火終了前から早くも大渋滞の嫁島町。 国道9号線に出たらすぐ山陰道の入口なので、それに乗れば三刀屋まで一気に移動出来るのでいかに早く国道9号線に出るかが勝負のカギとなる。 しかし目と鼻の先にある国道9号線までたった200m進むのに40分かかってしまった。 それでも何とか22時前には嫁島町を脱出し混雑することもなく三刀屋ICまで何と20分で移動。 この調子だと順調に帰れると思ったが、三次を過ぎた辺りで睡魔が襲ってきて 1時00分帰宅目標の30分遅れて尾道に戻る事が出来た。 松江の花火を見るのはまた3年後かな。 |